屋久島について

縄文杉

屋久島に自生する最大級の屋久杉。屋久杉を代表する古木として著名である。縄文杉を見るためには、徒歩で往復8〜10時間程度かかる。

1966年、屋久町役場(当時)の観光課長だった岩川貞次氏により発見され広く紹介される。発見当初は大岩杉と呼ばれていた。
「縄文杉」という名前の由来は、当時推定された樹齢が4,000年以上で縄文時代から生きていることから来たという説と、
奔放にうねる幹の造形が縄文土器に似ているからという説がある。現在は保護のため木の周りには立ち入ることはできない。

周囲の樹木の年輪測定、幹周の大きさなどから当初、樹齢7,000年以上と
推定され話題になった。
古木の周囲を3本程度の若い木が融合して包み込んでいる合体木である
可能性が浮上したが、その後の調査で縄文杉は合体木ではなく一つの木で
あることが証明されている。
また約7,300年前に鬼界カルデラから広がった幸屋火砕流によって、屋久島を
含む九州南部諸島の大型植物は全滅したと考えられており、縄文杉の樹齢は
古くとも4,000年以上はさかのぼらないとするのが定説になっている。

縄文杉
メインマップ

紀元杉

屋久島の中でも一、二を争う樹齢を誇っている老スギである。
伝承では3000年と伝えられ、樹齢がはっきりとしない縄文杉よりも、
こちらの方が古いのではないかとの声も聞く。
屋久島を代表する巨樹、ウイルソン株、大王杉、縄文杉らと比較しても、
決して引けはとらない大きさである。幹の先端は雷にでも打たれたので
あろうか、白骨化が進行しつつあるようだ。しかし、木材化がかえって
この木を神聖な雰囲気にしている。
車で根元まで行くことができ、最も手軽に訪問できる木である。

紀元杉
ウィルソン株

ウィルソン株

ウィルソン株(ウィルソンかぶ)とは、屋久島にある屋久杉の切り株である。
1586年(天正14年)、牧村の五郎七が足場を組み、豊臣秀吉の命令により
大坂城築城(京都の方広寺建立とも)の為に切られたといわれる。
ハーバード大学樹木園ための収集に中国など歴訪後、日本を訪れたアメリカの
植物学者アーネスト・ヘンリー・ウィルソン(Ernest Henry Wilson)博士により
調査され、ソメイヨシノなど多くの桜などの収集とともに1914年に西洋文化圏に
紹介され、後年この株の名前の由来となった。

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